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研究トピック

No.8ローヤルゼリーのマウス学習記憶障害改善作用

ローヤルゼリーは、ミツバチの働き蜂が下咽頭腺と大あご腺から分泌する物質で、女王蜂となる幼虫を成育させるための食物です。女王蜂の驚異的な生命力の源であるローヤルゼリーは多くの疾患において有効性が示唆されており、健康食品として広く親しまれています。高齢化社会を迎え、脳神経系の機能低下をきたす疾患が増加している現在において、その予防や治療に有効な物質が要望されています。アピ長良川リサーチセンターではこれまでに岐阜薬科大学と共同で、神経細胞のモデル細胞であるPC12細胞を用いて、ローヤルゼリーに神経分化因子が含まれていることを明らかにしてきました。今回は、神経系への作用を培養神経幹細胞および動物レベルで調べました。学習記憶障害モデルマウスを用いた実験では、ローヤルゼリーは障害された学習記憶を改善することが分かりました。この研究成果は、2007年および2011年に英文雑誌に掲載されました。

ローヤルゼリーの培養神経幹細胞への作用

ローヤルゼリーが神経幹細胞の細胞内シグナル伝達に及ぼす影響を調べました。細胞増殖や分化、生存維持作用を媒介するリン酸化酵素であるExtracellular Signal-regulated Kinase(ERK)1/2およびタンパク質合成や新たなシナプスの発達に必要な因子であるcAMP response element binding protein(CREB)は、学習・記憶といった高次神経機能に重要な役割を果たすことが知られています。ラット終脳より取り出して培養した神経幹細胞にローヤルゼリーPBS(リン酸緩衝化生理食塩水)抽出液を添加すると、ERK1/2(図1-1)およびCREB(図1-2)を活性化することが分かりました。

図1. ローヤルゼリーPBS抽出液による1)ERK1/2リン酸化作用と2)CREBリン酸化作用(ウェスタンブロット法による検出)

神経幹細胞をラット終脳より取り出して培養し、分化誘導条件下でローヤルゼリーPBS抽出液を添加して分化させた後、4種の抗体を用いて免疫染色しました。それぞれの陽性細胞率を計数し、分化促進作用の有無を調べました(図2)。 神経細胞の指標タンパク質であるTuj1、アストロサイトの指標タンパク質であるGFAPおよびオリゴデンドロサイトの指標タンパク質であるCNPaseは、ローヤルゼリーPBS抽出液の添加でそれぞれ陽性細胞率の上昇が見られました。また、未分化細胞の指標タンパク質であるNestin陽性細胞率は 、ローヤルゼリーPBS抽出液の添加で減少しました。このことから、 ローヤルゼリーは神経幹細胞に対して分化促進作用をもつことが示唆されました。

図2. ローヤルゼリーによる神経幹細胞の分化促進作用(免疫染色法による検出)
ローヤルゼリーPBS抽出液を神経幹細胞に添加したときのTuj1, GFAP, CNPaseおよびNestin陽性細胞の写真
学習記憶障害モデルマウスの作製

海馬は、学習・記憶に関与する部位であることが知られており、また神経幹細胞が存在することが報告されています。
トリメチルスズ(TMT)は、神経毒を有する有機金属化合物で、海馬歯状回(図3)を特異的に障害することが知られています。そこで、7週齢ICRマウスにTMTを腹腔内投与して、学習記憶障害モデルを作製しました。

記憶の解析には、Y字迷路(図4)を用い、新しい道を探索する動物の習性を利用して、短期作業記憶を測定しました。解析方法は、マウスが移動したアームを順番通りに記録し、各アームへの移動回数(総アーム選択数)に対する、連続して異なる3本のアームを選択した数(交替行動数)の割合を交替行動率(%)とし、これを自発的交替行動の指標としました。交替行動率の低下は、作業記憶能の低下として評価します。

図3.マウス脳切片
(図中の□は海馬歯状回周辺)

図4. Y字迷路

7週齢ICRマウスにTMT(2.0 mg/kg)を腹腔内投与して、TMT投与後数日間の交替行動率を調べました。その結果、総アーム選択数に大きな変化はありませんでしたが(図5-1)、交替行動率はTMT投与2日後に最も低い値(短期作業記憶の低下)を示しました(図5-2)。

図5.TMT投与後数日間のY字迷路の成績
1)総アーム選択数 2)交替行動率(%)

交替行動率が最も低下したTMT投与2日後に、マウス海馬歯状回の単位面積当たりの神経細胞数を計数した結果、コントロール群と比較し、 TMT投与マウスでは神経細胞数の減少が確認されました(図6)。

図6.コントロール(PBS投与)およびTMT投与2日後の海馬歯状回の1)神経細胞染色像と2)単位面積当たりの神経細胞数

そこで、このTMT投与による学習記憶障害モデルマウスを使って、ローヤルゼリーの影響を調べることにしました。

学習記憶障害モデルマウスにおけるローヤルゼリーの学習記憶改善作用

7週齢ICRマウスを用い、TMT(2.0 mg/kg)を腹腔内投与し、投与の2日後から凍結乾燥ローヤルゼリーを餌に0、1または5%混ぜて食べさせました(計6群、各群n=8)。なお、コントロール群にはTMTの代わりにPBSを投与しました。TMT投与8日後にY字迷路試験を行い、各群の交替行動率を比較しました(図7-1)。

その結果、総アーム選択数に有意な差は見られませんでしたが(図7-2)、TMT投与群において低下した交替行動率は ローヤルゼリー摂取により用量依存的に回復しました(図7-3)。

以上の結果から、ローヤルゼリーには障害された学習記憶を改善させる作用があると示唆されました。

図7.ローヤルゼリーによるY字迷路の成績への影響
1)試験スケジュール、2)総アーム選択数 および 3) 交替行動率(%)
学習記憶障害モデルマウスの海馬歯状回における神経幹細胞増殖・分化促進作用

TMT投与8日後の学習行動試験終了後に、マウス海馬歯状回の単位面積当たりの神経細胞数を計数した結果、TMT投与・通常食群(b) ではPBS投与・通常食群(a)の85%程度でした。一方、TMT投与・ローヤルゼリーを含む餌(5%)を食べさせた群(c)では神経細胞数がTMT投与・通常食群(b)より多くなっていました。脳は障害を受けると、神経幹細胞の増殖・分化が誘導されることが知られていますが、ローヤルゼリーはそれらを促進する作用がある可能性が示唆されました。

図8.TMT投与8日後のマウス海馬歯状回神経細胞に対するローヤルゼリーの作用 1)海馬歯状回の神経細胞染色像 2) 単位面積当たりの神経細胞数
a:PBS投与・通常食、b:TMT投与・通常食、c:TMT投与・ローヤルゼリーを含む餌で飼育した群を示す。**a vs b、##b vs c。
まとめ

TMTを腹腔内投与し、海馬歯状回の神経細胞死を誘導して作製した学習記憶障害モデルマウスにおいて、ローヤルゼリーには学習記憶障害を改善させる作用があることが示唆されました。また、ローヤルゼリーは海馬歯状回において神経細胞死後に起こる神経幹細胞の増殖あるいは分化を促進する作用があることが示唆され、これによりTMT誘発学習記憶障害が改善されたものと考えられました。これらの結果から、ローヤルゼリーによる脳神経疾患の予防や神経の再生が期待されます。

Royal jelly and its unique fatty acid, 10-hydroxy-trans -2-decenoic acid, promote neurogenesis by neural stem/progenitor cells in vitro
Noriko Hattori1,2, Hiroshi Nomoto1, Hidefumi Fukumitsu1, Satoshi Mishima2, Shoei Furukawa1
1 Laboratory of Molecular Biology, Gifu Pharmaceutical University
2 Nagaragawa Research Center, API Co., Ltd.
Biomedical Research 2007. 28(5) 261-266.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biomedres/28/5/28_5_261/_pdf

Royal jelly facilitates restoration of the cognitive ability in trimethyltin-intoxicated mice
Noriko Hattori1,2, Shozo Ohta1, Takashi Sakamoto1, Satoshi Mishima1, Shoei Furukawa2
1 Nagaragawa Research Center, API Co., Ltd.
2 Laboratory of Molecular Biology, Gifu Pharmaceutical University
Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2011. doi:10.1093/ecam/nep029
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3094710/pdf/ECAM2011-165968.pdf