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研究トピック

No.7ローヤルゼリー中の神経分化因子AMP N1-oxideの同定

ローヤルゼリーは、ミツバチの働き蜂が下咽頭腺と大あご腺から分泌する物質で、女王蜂の幼虫を成育させるための食物です。女王蜂の驚異的な生命力の源であるローヤルゼリーは多くの疾患において有効性が示唆されており、健康食品として広く親しまれています。しかし、神経系への作用はこれまであまり注目されていませんでした。

高齢化社会を迎え、脳神経系の機能低下をきたす疾患が増加している現在において、その予防や治療に有効な物質が要望されています。アピ長良川リサーチセンターでは岐阜薬科大学と共同で、ローヤルゼリーの神経系への作用について調べました。神経細胞のモデル細胞であるPC12細胞を用いた実験により、神経分化作用をもつ成分がローヤルゼリーに含まれていることが分かりました。この研究成果は、2006年〜2010年に英文雑誌に掲載されました。

研究の概要

ローヤルゼリーには神経系モデル細胞であるPC12細胞に対して神経栄養因子と同じような神経突起形成作用を有する成分 AMP N1-oxideが含まれていることが明らかとなりました。AMP N1-oxideは、これまでに自然界に存在しているという報告がなく、ローヤルゼリーの特有成分と考えられます。
このAMP N1-oxideによる神経突起形成は、アデノシンA2A受容体とprotein kinase A経路を介する作用であることが分かりました。また、AMP N1-oxideは、げっ歯類の海馬にある神経幹細胞(ニューロンおよびグリア 細胞へ分化する細胞を供給する能力を持つ幹細胞)をアストロサイトへと分化促進させることが示唆されました。
障害を受けた中枢神経系は、ニューロン自身に分裂能がないため、機能の再生は不可能と考えられていました。しかし、近年、ヒト成人の中枢神経系においてもげっ歯類と同様に海馬歯状回でニューロン新生が起こっていることが明らかとなり、神経幹細胞の存在が示唆されています。これらの事から、ローヤルゼリーあるいはその活性成分による中枢神経疾患の予防や治療効果が期待されます。

PC12細胞の神経突起形成を促進するローヤルゼリー成分の単離

PC12細胞は神経成長因子(NGF)に応答して神経突起を持つ交感神経細胞様に表現型を変えるというユニークな特徴を持っており、神経細胞のモデル細胞として広く用いられています。
ローヤルゼリーのリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)抽出液をPC12細胞に添加すると、神経突起の形成が観察されました。NGFによる形態変化と比較すると、添加3日後にNGFと同様の突起形成がみられましたが、添加7日後では、NGFの添加ではさらに長く突起が伸長していたのに対し、ローヤルゼリーの添加ではそれ以上の突起の伸長はみられず、短いままという違いがありました(図1)。また、 ローヤルゼリーをNGFとともにPC12細胞に添加した場合は、相加あるいは相乗作用を示しました。このことから、ローヤルゼリー中の神経突起形成成分はNGFとは異なる経路で作用することが示唆されました。

図1. NGFおよびローヤルゼリーPBS抽出液によるPC12細胞の形態変化
PC12細胞に無添加(a)、NGF(25ng/ml)(b,d)、ローヤルゼリーPBS抽出液(125倍希釈)(c,e)を添加し、3日後(a,b,c)および7日後(d,e)の細胞の形態を示す。

神経突起形成成分の単離を目的としてローヤルゼリーPBS抽出液を陰イオン交換樹脂(QAE Sephadex A-25)で分画しました。最も強い活性を示したフラクションから精製・単離した成分を構造解析した結果、 AMP N1-oxideと同定しました(図2-1)。また別のフラクションからAMPを活性成分として単離・同定しました(図2-2)。
ローヤルゼリーから見つかった2つの神経突起形成成分の作用強度を比較したところ、AMP N1-oxideはAMPのおよそ20分の1の低濃度で同程度の作用を発現することが分かりました(図3)。

図2. 活性成分の構造

図3. Adenosine、AMPおよびAMP N1-oxideの作用強度の比較
PC12細胞にAdenosine、AMPおよびAMP N1-oxide(0.16〜100 μM)を添加して1日後の突起形成細胞の割合
AMP N1-oxideの作用機構の解析

次に、 AMP N1-oxideがPC12細胞の細胞内シグナル伝達に及ぼす影響を調べました。
細胞の増殖や分化、生存維持作用を媒介するリン酸化酵素であるExtracellular Signal-regulated Kinase(ERK)1/2およびタンパク質合成や新たなシナプスの発達に必要な因子であるcAMP response element binding protein(CREB)は学習・記憶といった高次神経機能に重要な役割を果たすことが知られています。AMP N1-oxideは、4μM以上の濃度でERK1/2(図4-1)およびCREB(図4-2)のどちらも活性化することが分かりました。
AMP N1-oxideによる神経突起形成作用は、CREBの上流にあるprotein kinase A(PKA)の阻害剤であるKT5720を前処理したとき抑制されましたが、ERK1/2の上流であるMAP Kinase Kinase(MEK)の阻害剤であるPD98059を前処理したときには抑制されませんでした(図4-4)。また、CREBの活性化作用はアデノシンA2A受容体の阻害剤であるZM241385を前処理したとき抑制されました(図4-3)。以上の結果より、AMP N1-oxideによる神経突起形成、およびCREBの活性化作用はすべてアデノシンA2A受容体とPKA経路を介する作用であることが分かりました。

図4. AMP N1-oxideによる 1)ERK1/2リン酸化作用 2)CREBリン酸化作用と 3)阻害剤によるCREBリン酸化の抑制(ウェスタンブロット法による検出) 4)阻害剤による突起形成細胞割合の変化
神経幹細胞*の分化に作用するローヤルゼリー成分

神経幹細胞をラット脳より取り出して培養し、AMPおよびAMP N1-oxideを添加し分化させた後、3種の抗体を用いて免疫染色しました。それぞれの陽性細胞率を計数し、分化促進作用の有無を調べました(図5)。 神経細胞のマーカーであるTuj1とオリゴデンドロサイトのマーカーであるCNPase陽性の細胞率に変化はみられませんでしたが、アストロサイトのマーカーであるGFAP陽性の細胞率は、AMP N1-oxide濃度依存的に上昇が見られました。このことから、 AMP N1-oxideは神経幹細胞をアストロサイトへと分化促進させることが示唆されました。

図5. AMP N1-oxideによるアストロサイトへの分化促進作用(免疫染色法による検出)
4μM AMP N1-oxideを神経幹細胞に添加したときのa: Tuj1, b: GFAP, c: CNPase陽性細胞写真。

細胞外因子のシグナルを直接核に伝達し、増殖分化を決定するシグナル伝達系として、転写因子の一つであるSignal Transducer and Activator of Transcription (STAT)3があり、その活性化は神経幹細胞からアストロサイトへの分化を促進させることが知られています。そこで、神経幹細胞にAMP N1-oxideを添加したときの STAT3についてウェスタンブロッティング法で調べました(図6)。 AMP N1-oxide濃度依存的にSTAT3の活性化が亢進していたことから、 AMP N1-oxideにはアストロサイトへの分化を促進する作用があるという免疫染色法の結果が裏付けられました。

図6. AMP N1-oxideによるSTAT3活性化の亢進(ウェスタンブロット法による検出)
まとめ

以上の研究結果より、ローヤルゼリーには神経機能を制御したり神経系の細胞生成を調節する成分 AMP N1-oxideが含まれていることが明らかとなりました。AMP N1-oxideは自然界に存在しているという報告がこれまでにないことから、ローヤルゼリーの特有成分といえます。これによってローヤルゼリーの効能を分子レベルで解明することができるとともに、ローヤルゼリーあるいはその活性成分による脳神経疾患の予防や神経の再生が期待されます。

*神経幹細胞とは

哺乳類の成体の脳の神経細胞は増えることはないと考えられていましたが、近年海馬と側脳室には神経幹細胞が存在しており、神経細胞の新生を行うことが報告されています。
神経幹細胞は自己複製能と多分化能を併せもち、増殖因子存在下で活発に増殖しますが、その除去により神経細胞またはグリア細胞に分化する性質をもっています。グリア細胞にはアストロサイトやオリゴデンドロサイトが含まれます。

Identification of AMP N1-oxide in royal jelly as a component neurotrophic toward cultured rat pheochromocytoma PC12 cells
Noriko Hattori1,4, Hiroshi Nomoto1, Satoshi Mishima4, Shinsuke Inagaki2,
Masashi Goto2, Magoichi Sako3, and Shoei Furukawa1
1 Laboratory of Molecular Biology, Gifu Pharmaceutical University
2 Laboratory of Pharmaceutical Analytical Chemistry, Gifu Pharmaceutical University
3 Laboratory of Medicinal Informatics, Gifu Pharmaceutical University
4 Nagaragawa Research Center, API Co., Ltd.
Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry 2006. 70 (4) 897-906.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bbb/70/4/70_4_897/_pdf

AMP N1-oxide potentiates astrogenesis by cultured neural stem/progenitor cells through STAT3 activation
Noriko Hattori1,2, Hiroshi Nomoto1, Hidefumi Fukumitsu1, Satoshi Mishima2, Shoei Furukawa1
1 Laboratory of Molecular Biology, Gifu Pharmaceutical University
2 Nagaragawa Research Center, API Co., Ltd.
Biomedical Research 2007. 28(6) 295-299.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biomedres/28/6/28_6_295/_pdf

AMP N1-oxide, a unique compound of royal jelly, induces neurite outgrowth from PC12 cells via signaling by protein kinase A independent of that by mitogen-activated protein kinase
Noriko Hattori1,2, Hiroshi Nomoto1, Hidefumi Fukumitsu1, Satoshi Mishima2, Shoei Furukawa1
1 Laboratory of Molecular Biology, Gifu Pharmaceutical University
2 Nagaragawa Research Center, API Co., Ltd.
Evid Based Complement Alternat Med. 2010. 7(1) 63-68.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2816379/pdf/nem146.pdf